不動産のDX事例を調べると、出てくるのは大手デベロッパーばかりではありませんか?
街全体をデータでつなぐスマートシティ。 全国の物件に一斉に入れるスマートロック。 自社に置き換える手がかりが、どこにも見当たりません。
実は、この記事で紹介する3社が手をつけたのは、社内に分散していたツールと、人によって違っていた判断のルールです。
なぜなら仲介や管理の現場で時間を奪っているのは、同じ情報を何度も入力し直す作業だからです。 物件の一覧はExcel、顧客とのやり取りは担当者のメール、契約書はWordのひな形。 置き場所が分かれているので、1件の取引で同じ情報を何度も書き写すことになります。 担当者が辞めたときに経緯を追えなくなるのも、この状態が原因です。
ここでは、経済産業省のDXセレクションに選ばれた不動産会社3社が、何をそろえて何が変わったのかを解説します。
- 3社が出した成果と、そこに至るまでにやったこと
- 3社に共通していたDXの進め方
- 自社で始めるときに先に決めておくこと
読み終えたときには、自社が最初にそろえる対象と、それを誰に任せるかが決まっている状態を目指します。
不動産会社3社が分散していたツールや判断のルールをそろえて出した成果
先に結論から書きます。 3社が手を入れたのは、社内の仕事のそろえ方でした。
紹介するのは株式会社ソロン、株式会社トーシンパートナーズホールディングス、株式会社ネクサスエージェントの3社です。 従業員27名の地域密着の仲介会社から、212名の不動産流通サービスの運営会社まで並んでいます。
DXの取り組みを一覧で見比べる
| 会社 | 規模と業種 | 何をそろえたか | 何が変わったか |
|---|---|---|---|
| ソロン | 従業員27名/佐賀県佐賀市/不動産代理業・仲介業 | 複数のツールとアナログ管理に分散していた業務管理 | 部署をまたぐ業務管理がアプリ上で完結し、事務業務の時間が短くなった |
| トーシンパートナーズホールディングス | 従業員49名/東京都武蔵野市/不動産業 | ばらばらだった認証IDとファイルの置き場所 | グループの物件の平均空室期間が11日短くなり、グループ全体で業務工数を10,712時間削減した |
| ネクサスエージェント | 従業員212名/大阪府大阪市/不動産業 | 属人的だった価格査定と書類作成の進め方 | 赤字だった事業が単月で黒字になり、イエリーチ事業の売上高が0.27億円から42.3億円になった |
従業員数は選定された年の数字です。 トーシンパートナーズホールディングスの49名は2025年の数字で、2024年の選定時は44名でした。
以下の内容と数字は、次の資料から引用しています。
- DXセレクション2023選定企業レポート:ソロン
- DXセレクション2024選定企業レポート:トーシンパートナーズホールディングス
- 中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025:トーシンパートナーズホールディングス
- DXセレクション2026選定企業レポート:ネクサスエージェント
そもそも業務効率化とDXは何が違うのか、自社が今どの段階にいるのかは業務効率化とDXの違いと中小企業のためのDX導入4ステップの解説記事で解説しています。
そろえた対象は業務の管理と情報の置き場所と判断のルール
一覧を見て、意外に思ったのではないでしょうか? そろえた対象は3社それぞれで違います。 自社に置き換えると、次のような状態が当てはまります。
- 依頼が部署をまたぐと、いま誰の手元で止まっているのかがわからない
- 物件の一覧はExcel、顧客の履歴は担当者のメールにあり、同じ内容を何度も入力し直している
- 査定の根拠や契約書の作り方が、ベテランと若手で違う
そろえた対象が違うので、成果の出方も会社ごとに違っています。
事例1:ソロンは複数部署にまたがる業務管理をkintoneに集約した
まずは従業員27名の会社から見ていきます。
ソロンは佐賀市と久留米市を拠点にする地域専門型の不動産会社です。 不動産売買専門のフランチャイズ「イエステーション」に加盟しています。 従業員は27名で、DXセレクション2023に選ばれました。
ITに詳しい社員を担当にしただけでは業務システムを作れなかった
つまずいたのは、担当の決め方でした。
DX専門の部署がなく、誰が何をやるかを決められない状態が続きます。 そこで社内でITに詳しい人物をDX担当に任命しましたが、育成プログラムがないため改善までに時間がかかりました。
さらに難しかったのは、任命された人が現場の経験者ではなかったことです。 業務の内容やフロー、問題点を把握できていないため、案件によって実行内容が変わる部分や、部署をまたぐ業務フローが一方通行ではない部分に対応できません。 こうして業務システムを構築できないまま時間が過ぎました。
担当者を1人決めれば動き出す、という話ではありません。 ITに強い人を指名して終わりにすると、同じところで止まります。
現場を知る本部長とDX推進の部署が何をしたいのかを徹底的に話し合った
ソロンが行った工夫は2つです。
- 社内のDXの方針として、業務アプリを自分たちで作れるクラウドサービスのkintone1本に絞り、伴走支援を行う企業のコンサルを通じて人材育成を進めた
- 社内で現場を知る本部長とDX推進事業部とが「何をしたいのか」を徹底的に議論し、改善の要件を明確にしたうえでシステムを構築した
足りなかったのは、現場を知っている人との話し合いでした。 「何をしたいのか」から始めているのです。
情報共有のしかたも変えました。 Chatworkを導入し、社長も含めて時間を合わせずにやり取りすることで、必要のない会議をなくしています。 人材育成では、ネットマーケティング検定やウェブクリエーター認定といったITリテラシーに関する資格の取得を推奨し、報酬も用意しています。
分散していたツールが1つにまとまり事務作業の時間が短くなった
kintoneへの集約で起きた変化は、次の4つです。
- 複数部署にまたがる業務管理がkintoneのアプリ上で完結し、進捗の確認が簡単になった
- 現場からのフィードバックを即座に反映できるようになり、現場が求めていた業務管理の形ができた
- 各種の実績数値の計算や、物件データの保存先URLの作成などが自動化され、事務業務の時間が短縮された
- 複数のツールやアナログ管理に分散していたものがkintoneに集約され、費用が減って使いやすさと管理のしやすさが上がった
バックオフィスや報告業務の効率化によって顧客とのコミュニケーションの量と質が上がり、事業の拡大や新規事業の立ち上げの機会につながりました。
社内のデータはkintoneに蓄積され、営業活動の報告や社内の申請などのアプリが部門を越えて使われています。
事例2:トーシンパートナーズホールディングスはAIモデルで物件の平均空室期間を11日短縮した
トーシンパートナーズホールディングスは東京都武蔵野市の不動産会社です。 マンションの企画・開発・販売と、不動産の売買仲介・賃貸を手がけています。 オーナーや入居者向けのアプリの開発・運用もグループ内で行っています。
本格的にDXを始めたのは2021年11月です。 情報システム部の中にDX推進組織を置き、社内研修などで社員のDXスキルを高める施策を進めました。 クラウドへの移行にあたっては認証IDの統合を進め、拡張しやすいクラウドストレージのBoxを導入しています。
各部署から1名程度を選んで情報システム部との橋渡し役にした
プログラムを書かずにアプリを作れるノーコード開発ツールを全社に広げるとき、情報システム部内のDX推進部署だけでは人手が足りませんでした。 そこで各部署から1名程度のエバンジェリストを選出し、現場と情報システム部が一緒に作る体制にしました。
ノーコードツールを全社員に広げ、この橋渡し役が機能したことで、現場主導での業務改善が進み始めました。 情報システム部が「○○相談会」という時間枠を設けたところ、気兼ねなく相談に来る社員が増え、ツールの活用が広がっています。
社長自ら全社朝礼などでDXの重要性を語り、経営からの発信も続けています。 コーポレートサイトやイントラの掲示板、社内ブログも使い、全社で取り組む本気度を社内外に示しました。
過去の賃貸契約データから最適な募集条件を出すAIモデルを作った
関連子会社トーシンコミュニティーによる早期の賃貸付けを実現するために、AIモデルを開発する「IntelliRent」プロジェクトを実施しました。 過去の賃貸契約データを用いてAIモデルを作成し、最適な募集条件を提案します。
結果として、物件の平均空室期間は11日短くなりました。 空室の間に生じる損失(不稼働損)の削減効果は、年間約4,700万円にのぼります。 AIの導入前と比べて賃料の引き上げも同時に実施できており、相乗効果が生まれました。
苦労したのは、分析する人と現場の距離です。 現場の担当者と遠いところで分析を行うと、見ているものがずれていくのです。 役割の垣根を越えて互いの業務内容の理解を追求した結果、時間はかかったものの相互理解が高まりました。 現場の分析力とIT部門のビジネス理解の向上にもつながっています。
社内で使う生成AIも内製しました。 Azure OpenAIを活用したテキスト生成AI「ChatTPG」を開発し、親しみやすいキャラクターを使って全社に広めています。
現場主導でノーコードのアプリを282件つくった
現場主導のノーコード開発によるアプリ開発は282件にのぼります。 社員が自分で集計画面を作れるBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを入れたことで、現場の社員が作成した画面は110画面になりました。 グループ全体での業務工数は10,712時間削減されています(RPAツールによる削減も含みます)。
この時間はグループ全体の数字です。 従業員49名の会社が単体で出したものではありません。
2024年には「DXリテラシー研修」と題して、グループの約80名を対象としたe-ラーニングによる研修も実施しました。
事例3:ネクサスエージェントは価格査定と書類作成の属人性を下げて赤字事業を単月黒字化まで持ち直した
ネクサスエージェントは大阪市で不動産業を営む会社です。 不動産流通サービス「イエリーチ」などを運営し、業界全体の課題解決に向けてDXを本格化させました。 従業員は212名で、DXセレクション2026に選ばれています。
業務フローと判断ルールを標準化した
軸になっているのは、取引の進め方をそろえることです。
不動産取引における価格査定・書類作成・取引プロセスの属人性を低減するため、業務フローと判断ルールを標準化しました。 そのうえで、一気通貫に管理・実行できるプラットフォーム「イエリーチ」を開発しています。
取り組みの前と後を並べると、次のようになります。
| 項目 | 取り組み前 | 取り組み後 |
|---|---|---|
| 取引の進め方 | 営業担当者ごとのネットワークに依存 | 適正価格と正しい書類で進む透明なプロセス |
| 価格交渉と書類確認 | 属人化していた | 標準化され取引データが蓄積される |
| 相手探し | 信頼できる相手を探すのに時間がかかる | 売り手と買い手の双方が参加する基盤で結ばれる |
DXセレクション2026選定企業レポート(経済産業省)をもとに作成
物件を売る業者は即時の査定で交渉が減り、書類の業務も減らせるようにしました。 物件を買う業者には、仕入の基準に合う物件が届きます。 どちらにとっても、担当者の力量に左右される部分が小さくなるのです。
事業部と技術開発部をまとめる立場に最高責任者を置いた
DX推進の最高責任者は、イエリーチ事業部および技術開発部を統括する立場に配置されています。
狙いは、顧客の課題への反応を速くすることです。 事業部から共有された顧客課題に対し、技術開発部が素早く対応する体制ができました。
事業を持つ部署と作る部署の両方を見る人が1人いるだけで、現場から上がった要望が宙に浮かなくなります。
現場で生まれた改善事例を全社ミーティングで共有している
全社員を対象とした実践型のAI研修も実施しています。 AIを活用し、自ら構築して業務変革を行う人材を育てる研修です。
現場主導で生まれた業務改善やAI活用の事例は、全社ミーティングなどで取り上げて共有する仕組みを作りました。 うまくいった例が社内に回ることで、さらに活用が進みます。 AIを活用した業務の効率化では、全社で約3,000時間/年を削減しました。
主軸のイエリーチ事業の成果は、次のとおりです。
- 売上高は0.27億円から42.3億円に増加
- 粗利益は0.03億円から1.35億円に増加
- 赤字事業から転換して単月で黒字化し、持続可能な収益事業へ成長
いずれも全社ではなく、イエリーチ事業の数字です。
不動産会社3社に共通していたDXの進め方
ここまでが3社それぞれの取り組みです。 規模も取り組みも違う3社ですが、進め方には重なる部分があります。
ばらばらだったものを1つの形にそろえている
3社に共通しているのは、散らばっていたものを1つにそろえた点です。
- ソロン:複数のツールとアナログ管理に分散していた業務管理をkintoneに集約した
- トーシンパートナーズホールディングス:認証IDを統合し、拡張しやすいクラウドストレージのBoxを導入した
- ネクサスエージェント:価格査定と書類作成の業務フローと判断のルールを標準化した
そろえた対象は3社とも違います。 共通しているのは、いまある仕事の形をそろえた点です。
建設業の中小企業4社が事務の仕事から手を付けた事例は、建設業4社のDX事例の解説記事で紹介しています。
誰が進めるのかを組織と役職で決めている
もう1つの共通点は、誰が進めるのかを組織と役職ではっきりさせていることです。
- ソロン:現場を知る本部長とDX推進事業部が要件を固めた
- トーシンパートナーズホールディングス:2021年11月に情報システム部内へDX推進組織を置き、各部署から1名程度のエバンジェリストを選んだ
- ネクサスエージェント:DX推進の最高責任者をイエリーチ事業部と技術開発部の統括に配置した
決め方は3社で違います。 組織として設置した会社もあれば、各部署から人を選んだ会社や、責任者の担当範囲を決めた会社もありました。
どの会社も、担当を決めたうえで、その人が現場と話せる位置に置いています。
そろえたあとに何を変えたかは会社ごとに違う
そろえた先で何が変わったかは、3社で分かれます。
| 会社 | 変わった場所 |
|---|---|
| ソロン | 事務業務の時間と、顧客とのコミュニケーションの量と質 |
| トーシンパートナーズホールディングス | 物件の空室期間と賃料、グループ全体の業務工数 |
| ネクサスエージェント | 事業そのものの売上と利益 |
自社が何を変えたいのかによって、そろえる対象も変わります。 他社がkintoneを入れたから自社も入れる、という順番では決められません。
自社で始めるときに先に決めておくこと
ここからは、3社の進め方を自社に置き換えます。 決めておくのは、そろえる対象と進める人、それに話し合う場です。
そろえる対象を業務の管理と情報の置き場所と判断のルールから選ぶ
まずは自社の困りごとがどれに当たるかを見分けましょう。
| いまの困りごと | そろえる対象 |
|---|---|
| 依頼が部署や担当をまたぐと、いま誰の手元にあるのかがわからない | 業務の管理 |
| 物件の一覧と顧客の履歴が別の場所にあり、同じ内容を何度も入力し直している | 情報の置き場所 |
| 査定の根拠や契約書の作り方が担当者によって違う | 判断のルール |
3つとも当てはまる会社も多いでしょう。 それでも、最初にそろえる対象は1つに絞りましょう。
決め方に迷ったら、担当者が辞めたときに一番困るものを選んでみてください。 不動産の業務効率化で効果が大きいのは、毎日発生していて、なおかつ人が変わると再現できない作業です。
どの仕事から手を付けるかを人を増やさずに見極める手順は、仕事が回らない原因と業務整理の5ステップの解説記事で解説しています。

仕事が回らない原因と人を増やす前にできる業務整理の5ステップ
仕事が回らないのは個人の能力ではなく仕事が特定の人に集まるからです。原因の見分け方と、人を増やす前にできる業務整理の5ステップを解説します。
進める人はITに詳しいかどうかだけで選ばない
次に決めるのは、誰が進めるかです。
ソロンは、社内でITに詳しい人物をDX担当に任命したものの、その人が現場の経験者ではなかったために業務の内容やフローを把握できず、システムを構築できませんでした。 ツールを触れることと、業務のどこで手が止まるかを説明できることは別の能力です。
選ぶときは、次の2つを分けて考えてみてください。
- 業務のどこで手が止まっているかを説明できる人を、進める人にする
- ツールの設定や開発は、社内の詳しい人か外部の支援企業に任せる
そのうえで、役職として決めましょう。 本部長なのか、部門長なのか、社長自身なのか? 兼任でも構いませんが、誰の責任で進めるのかを社内に示しておきましょう。
担当者に仕事と顧客の経緯が集まってしまう状態の直し方は、営業が属人化する原因と解消するポイントの解説記事で解説しています。
現場を知る人と作る人が話す場を先に用意する
最後に決めるのは、話し合う場です。
ソロンは現場を知る本部長とDX推進事業部が「何をしたいのか」を徹底的に議論してから、システムを構築しました。 トーシンパートナーズホールディングスは各部署のエバンジェリストを橋渡し役にし、情報システム部が相談会の時間枠を設けています。 ネクサスエージェントは事業部と技術開発部を1人の責任者がまとめ、顧客の課題に素早く対応できるようにしました。
3社とも、現場を知る人と作る人がつながる仕組みを用意しています。 この場がないまま作ると、使われない仕組みができあがります。
自社で用意するなら、大がかりな会議体は必要ありません。 月に1回30分でも、次の3つを話す場があれば十分です。
- いまどの作業で手が止まっているか
- 先月そろえたもので何が変わったか
- 次にそろえる対象はどれか
ベンダーから提案を受けたときも、そろえる対象と進める人が決まっていれば、その提案が自社の目的に合っているかを判断できます。
まとめ
不動産会社3社の成果と進め方、自社で始めるときに決めておくことを見てきました。
- そろえる対象は1つに絞る
- 進める人を組織と役職で決める
- 現場を知る人と作る人が話す場を作る
- 成果の出方は会社ごとに違う
ソロンは27名、ネクサスエージェントは212名です。 規模が違っても、3社がやったのは社内に散らばっていたものをそろえることでした。
まずは自社の困りごとが業務の管理と情報の置き場所と判断のルールのどれに当たるかを見分け、進める人を決めるところから始めてみてください。



