物流のDX事例を探すと、出てくるのは大手ばかりではありませんか。

倉庫に並ぶロボットソーター。 船舶の運航スケジュールを立てるシステム。 宅配の置き配に対応した全国規模のサービス。 どれも投資の桁が違いすぎて、自社に置き換える手がかりがありません。

実は、この記事で紹介する2社が成果を出した起点は、設備ではありません。 事務所のデータ入力と、現場の進捗の見え方です。

なぜなら、物流の現場で判断を遅らせているのは設備の性能ではなく、判断に使える材料が手元にないことだからです。 ある会社では、事務の1日の業務のうち80%がデータ入力に費やされていました。 別の会社では、FAXで届く発注書の入力が特定の担当者に頼った状態でした。 この状態のまま新しい設備を入れても、動かすのは結局その人たちです。

ここでは、経済産業省のDXセレクションに選ばれた物流会社2社が、何から手を付けて何が変わったのかを解説します。

  • 2社が出した成果と、そこに至るまでにやったこと
  • 2社に共通していた進め方
  • 自社で始めるときに先に決めておくこと

読み終えたときには、明日どの業務から手を付けるかと、それを誰に任せるかが決まっている状態を目指します。

物流会社2社が大型の自動化設備に頼らずに出した成果

先に結論から書きます。 2社が変えたのは、大がかりな設備ではなく判断の材料でした。

紹介するのは浜松倉庫株式会社と福岡運輸株式会社です。 どちらも経済産業省の「DXセレクション2024」に選ばれています。

2社の規模と成果を一覧で見比べる

浜松倉庫 福岡運輸
業種 倉庫業 運輸業
所在地 静岡県浜松市 福岡県福岡市
従業員数 116名 541名
手を付けたところ 事務のデータ入力と現場の進捗把握 受注入力と輸配送の進捗把握
変わったこと 事務のデータ入力が1日の業務の80%から5%に。生産性30%向上、営業利益率4.5%向上 FAXで届く発注書の入力の属人化を解消。動態管理システムの導入率が70%に達し、集配業務の可視化と共有が全社に広がった

従業員数は選定された2024年時点の数字です。 福岡運輸は持株会社を親会社に持つグループの中核会社で、541名はグループ全体ではなく福岡運輸株式会社の人数です。

事例の出典はDXセレクション2024選定企業レポート(経済産業省)です。

浜松倉庫については、国土交通省の中小物流事業者のための物流業務のデジタル化の手引きにも記載があります。

そもそも業務効率化とDXは何が違うのか、自社が今どの段階にいるのかは業務効率化とDXの違いと中小企業のためのDX導入4ステップの解説記事で解説しています。

業務効率化とDXの意味の違いと中小企業のためのDX導入4ステップ

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業務効率化とDXは別物ではありません。中小企業がどの段階にいるかを見分ける方法と、無料で使える公的な診断や資料、今の人数で進められる4ステップを解説します。

2社の成果の起点は設備ではなく判断の材料

2社とも、設備投資をしていないわけではありません。 浜松倉庫は基幹システムを刷新していますし、DX推進のロードマップには最終段階としてロボットの導入が入っています。 福岡運輸もバース予約・受付システムを自社で開発しました。

ただ、成果が出た起点はどちらも事務作業と進捗の見え方にあります。

浜松倉庫のDXの前と後を比べると、次のようになります。

項目 DX実践前 DX推進後
事務のデータ入力に費やす時間 1日の業務の80% 1日の業務の5%
現場の進捗の判断 経験と勘で判断していた リアルタイムに把握できる
現場の人員配置 無駄な時間が生まれていた 迅速で適正な配置ができる

DXセレクション2024選定企業レポート(経済産業省)をもとに作成

つまり、生産性の向上は、事務の入力を減らし現場の進捗を見えるようにした取り組みの先にあります。

事例1:浜松倉庫は事務のデータ入力が1日の業務に占める割合を80%から5%にした

浜松倉庫は静岡県浜松市の倉庫会社です。 倉庫事業のほか、運送事業と駐車場事業を手がけています。 DXセレクション2024ではグランプリに選ばれました。

若手管理職が集まる社内プロジェクトで業務の在り方をゼロから考えた

出発点は2015年。 生産性を上げるために、将来を見据えた新しい業務の在り方を、若手管理職を中心とした社内プロジェクトで検討させました。

このプロジェクトで意識したのは3点です。

  1. 自分たちで一から考える。ボトムアップ型で、ゼロベースで業務を考える
  2. お客様を巻き込む。顧客アンケートを実施し、データを提供してもらう手段を複数用意する
  3. 従業員のマインドチェンジ。小さな施策を複数おこない、達成感を小さなサイクルで実現する

中でも実務的なのは3つ目ではないでしょうか? 大きな仕組みを一度に入れるのではなく、小さな成功を積み重ねて味方を増やしていくやり方をとっています。

経験と勘で判断していた進捗をリアルタイムで見えるようにした

事務側では、基幹システムとWebサービス、そしてそれらをつなぐツールを整えました。 データ入力に費やす時間は、1日の業務の80%から5%へ。

この数字は事務部門についてのものです。 全社の業務時間が8割減ったという意味ではありません。

現場側では基幹システムとBIツールを使い、進捗をリアルタイムで把握できるようにしました。 それまでは経験と勘で進捗を判断していたため、人員配置に無駄な時間が生まれていました。

推進のしかたにも特徴があります。 DX推進の担当者が毎月、各営業所を定期訪問してフォローする体制を作りました。 責任者は代表取締役社長です。 社長自身が「DXは、あくまで手段であり、目的では無い」と社内に発信し続けたからこそ、方針はぶれませんでした。

浜松倉庫はDX推進のロードマップを3つの段階に分けています。

  1. 倉庫管理システムを刷新する
  2. RPAとAIを活用する
  3. ロボットを導入する

ロボットは最初ではなく最後に置かれています。

これから取り組む企業に向けては、こんな言葉を残しています。

DXにはITベンダーの協力は不可欠ではあるが、任せきりになってしまうと成果が上がらない。自分たちで汗を流す必要がある。

ベンダーを使うなという話ではありません。 協力は不可欠だと認めたうえで、任せきりにしないと言っています。 若手管理職に自分たちで検討させたのも、同じ考え方です。

生産性が30%上がり新センターに必要な10名を確保できた

業務改革を踏まえた基幹システムの刷新により、生産性は30%向上しました。 上がったぶんで、新しいセンターに必要な10名を確保できたのです。 営業利益率も4.5%向上しました。

数字以外の変化もあります。 従業員のDXに対する意識が変わり、社員のアイデアから複数のシステム連携が実現しました。 倉庫管理システムとBIツール、RPA、モバイルをつないだ仕組みです。

顧客にさまざまなデータを提示できるようになったことで、具体的な改善や料金改定の話が進み、打ち合わせも活発になりました。 根拠となる数字を手元に持っているかどうかが、荷主との話の進み方を変えています。

事例2:福岡運輸はFAXで届く発注書の入力の属人化を解消して輸配送の進捗を見えるようにした

福岡運輸は福岡県福岡市の運輸会社です。 全国に冷凍冷蔵倉庫を併設した事業所を展開し、冷凍・冷蔵の輸送と倉庫事業を提供しています。

きっかけは人材不足と物流2024年問題への対応でした。

各部門の次世代リーダーで8つのワーキンググループをつくった

DXに取り組む機運を作るため、全社横断のDX推進プロジェクトを立ち上げ、ビジョンと戦略を社内で共有しました。 あわせて、各部門の次世代リーダーを中心とした8つのワーキンググループを発足させています。

工夫したのは、機能を必要最低限に絞り込み、評価と改善を繰り返したことです。 効率化の手ごたえと成功体験を先に共有し、そこから業務プロセスの改善につなげていきました。

FAXで届いた発注書をAI-OCRで読み取って入力の手間とミスを減らした

具体的に変わったことを見ていきます。

受注から見ていきましょう。 FAXで受信した発注書の入力作業は、AI-OCRを使った受注入力システムに置き換えました。 この作業にあった属人化は解消され、工数とミスも減っています。

次に構内作業です。 バース予約・受付システムを自社で開発し、受付と作業の状況を見えるようにしました。 状況に応じたバース運用ができるようになっています。

書類まわりも動いています。 紙の出力をPDFでの運用に変え、FAX配信もメール配信に切り替えました。 対象は12帳票です。 複合機でスキャンした受領書はクラウド型の文書管理システムに取り込み、保管状況の可視化と検索の効率化を実現しています。

教育のやり方も変わりました。 隙間時間にスマートフォンのアプリで1分から5分程度の動画を見てテストを受ける形で、法定12項目を含む幅広い研修を実施しています。

このプロジェクトは、社内の一部門の活動では終わりませんでした。 各部門のメンバーが業務変革に取り組むことで、DXの取り組みは会社全体のものに発展しました。

全社横断の体制はITリテラシーの向上とDX人材の育成にも役立ったため、今後も続けていく方針です。 8つのワーキンググループは成果を出すための手段であると同時に、人が育つ場としても機能したということです。

企業や業務の垣根を越えたデータ連携には不安もありました。 それでも各社の協力で結果を出しています。

動態管理システムの導入率が70%に達して集配業務の可視化と共有が全社に広がった

動態管理システムは導入率が70%に達しました。 これによって集配業務のデジタル化と、プロセスの可視化・共有化が全社的に進んでいます。

ここで注目したいのは、導入が行き渡る前の段階で変化が出ていることです。 7割の時点で、変化はすでに全社に広がっていました。

構築したシステムやデジタルツールは基幹システムと連携させました。 情報の集約が効率化され、データの分析と判断が速くなっています。

物流会社2社に共通していたDXの進め方

2社の取り組みを並べると、共通点が3つ見えてきます。

事務の入力作業を減らして現場の状況を見えるようにしている

浜松倉庫は事務のデータ入力を1日の業務の80%から5%にし、現場の進捗をリアルタイムで把握できるようにしました。 福岡運輸はFAXで届く発注書の入力の属人化をAI-OCRで解消し、動態管理システムで集配業務を見えるようにしています。

事務側で人の手を減らし、現場側で見えるものを増やす。 この組み合わせが2社に共通しています。

事務作業を減らすのは、コストを削るためだけでしょうか? 削った時間を、現場の状況を見て判断する仕事に回せるようになります。

検討役を次の世代に任せている

浜松倉庫は若手管理職を中心とした社内プロジェクト、福岡運輸は各部門の次世代リーダーを中心とした8つのワーキンググループです。

どちらも、検討の中心に次の世代を置いています。 かといって現場に丸投げしたわけでもありません。 経営が指示を出し、検討そのものは次の世代が担う形です。

この形をとる理由は、業務を実際に回している人でないと、どこに無駄があるかがわからないからです。 同時に、その人たちが後で運用の中心になります。

範囲を絞って先に手ごたえを出している

浜松倉庫は「小さな施策を複数おこなう」ことで、小さなサイクルで達成感を得られるように進めました。 福岡運輸は「必要最低限の機能に絞り込み」評価と改善を繰り返し、効率化の手ごたえと成功体験を共有しています。

絞り方は2社で違います。 浜松倉庫は施策そのものを小さくし、福岡運輸は入れる機能の範囲を狭くしました。 共通しているのは、大きな仕組みを完成させてから見せるのではなく、小さくても先に結果を見せている点です。

デジタコを積んでいるのに手書きの日報が残る、という話は現場でよく聞きます。 機器を入れることと、業務が変わることは別です。 2社はその差を、手ごたえを先に見せることで埋めています。

建設業の中小企業4社が事務から手を付けた事例は、建設業4社のDX事例の解説記事で紹介しています。

建設業4社のDX事例 中小企業が事務から始めて成果を出した進め方

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大手ゼネコンの事例では自社に置き換えられません。中小の建設会社が使ったツールと、現場に定着させるまでの進め方、最初に決めておくことを解説します。

自社で始めるときに先に決めておくこと

ここまでの2社の進め方を、自社に置き換えるときの手順にします。

最初に手を付ける業務は毎日発生する入力作業から選ぶ

2社の成果の起点には、どちらも入力作業がありました。 浜松倉庫は事務のデータ入力、福岡運輸はFAXで届く発注書の入力です。

毎日発生する業務を選ぶ理由は2つあります。 効果が量として大きいこと。 そして、変化が翌日にはわかることです。 年に数回の業務を効率化しても、成果が見えるまでに時間がかかりすぎます。

まずは自社で、次の条件に当てはまる作業を1つ書き出してみてください。

  • 毎日または毎月必ず発生する
  • 誰かが手で入力し直している
  • 入力元の情報が紙かFAXで届く

書き出した入力作業をRPAで減らせるかどうかは、RPAで効率化できる業務の条件と費用対効果の見積もり方の解説記事で確かめられます。

RPAで業務効率化できる業務の3つの条件と導入の費用対効果の見積もり方

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RPAで業務効率化できるのはどの業務かを見分ける3つの条件と、導入前に費用対効果を自分で計算する手順、中小企業がつまずきやすい4つの落とし穴を徹底的に解説します。

検討は経営者が旗を振って現場の中堅社員に任せる

専任のIT担当を置けない会社で最初の壁になるのは、「誰がやるのか」ではないでしょうか?

2社のやり方は参考になります。 経営者が旗を振り、検討は業務を知っている次の世代に任せる。 浜松倉庫では代表取締役社長がDX戦略の責任者になり、福岡運輸では経営者が社内外に定期的にメッセージを発信していました。

任せる相手は、ITに詳しい人である必要はありません。 どこに無駄があるかを説明できる人を選びましょう。

任せる相手に仕事を書き出してもらう手順は、仕事が回らない原因の見分け方と業務整理の進め方の解説記事で紹介しています。

仕事が回らない原因と人を増やす前にできる業務整理の5ステップ

仕事が回らない原因と人を増やす前にできる業務整理の5ステップ

仕事が回らないのは個人の能力ではなく仕事が特定の人に集まるからです。原因の見分け方と、人を増やす前にできる業務整理の5ステップを解説します。

紙をなくす対象は法令で残すものと先に分ける

運送業では、紙の書類に法令上の理由があるものが混ざっています。 運転日報のように、デジタコで走行が記録されていても手書きが残っている書類には、法令対応や監査への備えという理由が付いていることがあります。

すべての紙をなくすと決めてしまうと、この線引きで止まります。 福岡運輸も、PDF運用に切り替えた帳票を12帳票と特定しています。

着手する前に、社内の帳票を「なくせるもの」「電子で残すもの」「紙のまま残すもの」の3つに仕分けておきましょう。

浸透の度合いを数字で確かめる

福岡運輸は動態管理システムの広がりを、導入率70%という数字で示しています。

導入したかどうかではなく、どこまで広がったかを数字で持っておくと、次に何をすべきかが決まります。 7割まで来ているなら残りを埋めにいく判断ができますし、2割で止まっているなら仕組みそのものを見直す判断ができます。

使用率、入力率、閲覧数。 どれでも構いません。 着手する前に、何の数字で浸透を測るかを決めておきましょう。

まとめ

物流会社2社が出した成果と進め方、自社で始めるときに決めておくことを見てきました。

  • 2社の成果の起点は設備ではなく判断の材料
  • 事務の入力を減らし現場の状況を見えるようにしている
  • 経営者が旗を振り検討は次の世代に任せる
  • 範囲を絞って先に手ごたえを出している
  • 浸透の度合いは数字で確かめる

浜松倉庫が動き出したのは2015年で、DXセレクションに選ばれたのは2024年です。 10年近くかかっています。 一度に変えた会社はありません。

まずは毎日発生している入力作業を1つ選び、誰に検討を任せるかを決めるところから始めてみてください。